給料を上げるにはどうすればいい?経営者が知っておくべき「賃上げ原資」のつくり方と給与を上げ続けられる会社の経営戦略

給料を上げたい。しかし、原材料費も電気代も上がり、社会保険料の負担もある。売上が多少増えた程度では基本給を上げる決断までできないというのが、多くの経営者にとって現実的な悩みではないでしょうか。

では、給料を上げるにはどうすればいいのでしょうか。結論から言えば、経営者がやるべきことは「社員にもっと働いてもらうこと」ではなく、社員一人が生み出せる付加価値を増やし、その増加分を継続的に給与へ戻せる会社へ変えることです。

「年間いくら必要なのかを計算する」「儲からない仕事を整理する」「価格を見直す」「生産性を高める」「増えた付加価値を給与へ還元する」という経営上の手順があります。

この記事では、賃上げの必要性を語るだけではなく、経営者が実際に何をすれば給料を上げられるのかを具体的に掘り下げます。人件費、粗利益、付加価値、価格転嫁、生産性、労働分配率、キャッシュフローまで踏み込みますが、目的は一つです。

読み終わった経営者が、「なるほど、うちの会社ならここから手を付ければいい」と判断できること。給料を上げるという問題を人事だけの問題として扱わず、会社そのものの稼ぐ力をどう変えるかという経営問題として考えていきます。

給料を上げる方法を一言で説明するなら、「賃上げによって増える年間人件費以上の付加価値を継続的に生み出し、その一部を給与へ移す」ということになります。これが持続的賃上げの基本構造です。

単年度だけ利益が出たから給料を上げるのではなく、翌年も、その翌年も同じ給与を支払える収益構造をつくります。基本給は一度引き上げれば原則として翌年以降も支払い続ける固定費になるため、ここを間違えると賃上げが会社の財務を圧迫します。

経営者が実行することを整理すると、次の5つに集約できます。

順番経営者がやること目的
1賃上げに必要な年間総額を出す必要な原資を確定する
2儲かる仕事・儲からない仕事を分ける利益流出を止める
3価格・取引条件を見直す粗利益を増やす
4AI・DX・設備・業務改善を進める一人当たり付加価値を増やす
5増えた付加価値を給与へ移す継続できる賃上げにする

この順番が重要です。最初から「今年は5%賃上げする」と決めるのではなく、5%上げると年間人件費がいくら増えるのかを算出し、その金額をどの経営改善によって生み出すのかを決めます。

たとえば従業員30人の基本給を平均月2万円引き上げるなら、基本給だけで年間720万円が必要になります。実際には企業負担の社会保険料や、制度によっては賞与・時間外労働単価などへの影響もあるため、総人件費への影響は720万円を上回ります。

仮に会社負担を含めた追加人件費を年間850万円と試算したとしましょう。経営者が考えるべき問題は「2万円上げられるだろうか」ではなく、「毎年850万円以上の追加付加価値をどうやって生み出すか」に変わります。

ここまで数字にすれば、賃上げは曖昧な話ではなくなります。価格改定で300万円、不採算取引改善で200万円、生産性向上で200万円、高粗利商品の販売増加で200万円というように、具体的な経営計画へ落とし込めるからです。

ただし、850万円の人件費増加に対して850万円だけ利益改善する計画では余裕がありません。景気悪化、主要顧客の離脱、原材料高、設備故障などが起きても給与を維持できるよう、実務上は賃上げ額を上回る安全余力を持った改善目標を設定します。

つまり経営者が最初にやることは、「社員に給料を上げてほしいと言われたから考える」ことではありません。自社がどれだけ給与を上げたいのかを決め、その給与水準を維持するために必要な付加価値を逆算することです。

ここで覚えておきたいのが、給料の原資は売上そのものではないということです。売上から仕入、外注、原材料など外部へ支払う費用を差し引き、会社内部に残った価値が社員の給与、利益、投資などへ配分されます。

したがって「売上10億円の会社だから高い給与を払える」とは限りません。売上10億円でも外部費用が非常に大きければ付加価値は小さく、売上3億円でも高粗利・高付加価値の事業なら高い給与を支払える可能性があります。

経営者が見るべきなのは会社の大きさではなく、一人の社員からどれだけの付加価値が生まれているかです。給料を継続的に上げたいのであれば、「一人当たり付加価値」を経営上の重要指標にする必要があります。

賃上げを人事部だけへ任せてはいけない理由もここにあります。人事部は給与制度を変更できますが、商品の価格、顧客構成、設備投資、営業戦略、事業撤退といった付加価値を左右する意思決定は経営者の仕事だからです。

給料を上げる問題は、人事問題ではありません。価格戦略、事業戦略、投資戦略、人材戦略を一つにつなげる経営問題であり、その責任者は最終的に経営者です。

賃上げを本気で考えるなら、最初に電卓を使います。「できれば上げたい」「業績が良ければ上げたい」という状態から抜け出し、必要原資を具体的な金額に変えるためです。

計算の基本は難しくありません。「一人当たり月額昇給額×対象人数×12か月」で年間基本給増加額を算出し、そこへ企業負担の社会保険料など、賃上げによって連動する費用を加えて年間総人件費への影響を見積もります。

社員50人、平均基本給30万円の会社が5%のベースアップを行うと、一人当たり月1万5,000円の増額になります。基本給だけなら「1万5,000円×50人×12か月」で年間900万円の増加です。

しかし、経営者が見るべきなのは900万円だけではありません。社会保険料の企業負担、残業単価への影響、賞与算定方法、退職給付制度など、自社の給与制度に連動する費用を確認しなければなりません。

そこで「賃上げ必要原資」を次のように管理します。

項目年間増加額の例
基本給増加900万円
法定福利費等の増加会社ごとに試算
賞与への影響制度に応じて試算
時間外単価への影響実績から試算
その他連動費用制度に応じて試算
年間追加総人件費合計額

この合計額が、会社が新たに確保しなければならない最低限の金額です。ただし、これをそのまま「売上目標」にしてはいけません。

たとえば追加人件費1,000万円を確保するために売上を1,000万円増やしても、限界利益率が40%なら、単純化すると会社へ残る限界利益は400万円程度です。残り600万円の原資が不足します。

限界利益率40%の会社が追加人件費1,000万円を売上増だけで吸収するなら、単純計算では「1,000万円÷0.4=2,500万円」の追加売上が必要です。この計算をしないまま「人件費が1,000万円増えるから売上も1,000万円増やそう」と考えると計画が合いません。

さらに重要なのが、賃上げ後の利益を残すことです。現在3,000万円の営業利益がある会社で人件費を1,000万円増やし、利益改善も1,000万円だけなら、理論上は現在の営業利益を維持できますが、少しの業績悪化で計画が崩れます。

そのため、賃上げ原資1,000万円に対して1,300万円、1,500万円といった改善目標を置き、一定の安全余力を確保する考え方が必要です。必要な余力は事業の変動性、財務体質、現預金、借入、顧客集中度などによって変わります。

ここで経営者が確認したい数字は、少なくとも次のとおりです。

指標経営者が確認する意味
粗利益給与・固定費を支える基本的な収益力
一人当たり付加価値社員一人が生む経済価値
時間当たり付加価値労働時間を含めた生産性
労働分配率付加価値の人件費配分を見る
営業利益賃上げ後の利益余力を見る
営業キャッシュフロー現金創出力を見る
現預金不況時の給与支払余力を見る

特に「売上高」だけを見て賃上げ判断をしないことが重要です。売上が20%増えても粗利益率が悪化し、残業が増え、外注費も増えているなら、社員へ還元できる経済価値は思ったほど増えていない可能性があります。

反対に売上が5%しか増えていなくても、値上げ、商品構成改善、DXなどによって粗利益と付加価値が15%増えているなら、給与を引き上げられる会社へ変化している可能性があります。

経営者は「会社がどれだけ売ったか」だけではなく、「社員一人がどれだけの価値を生み、その価値のうちいくらを社員へ配分できるのか」を見る必要があります。

ここまで数字が出れば、賃上げは感情論ではなくなります。「平均月2万円上げるため年間850万円必要だから、今年は最低1,200万円の恒常的な付加価値改善をつくる」という具体的な経営目標になります。

これが賃上げ経営のスタート地点です。

必要原資が分かったら、すぐに新規営業を増やすのではなく、現在の仕事を調べます。売上を増やすより、すでに会社内部で失われている利益を取り戻した方が早いケースが少なくないからです。

まず、売上と利益を商品別、サービス別、顧客別、事業別に分解します。会社全体では黒字でも、細かく分けると利益の大部分を一部の商品・顧客が生み、別の商品・顧客がその利益を消していることがあります。

たとえば次の会社を考えてみます。

顧客年間売上粗利益特徴
A社5,000万円1,500万円標準対応
B社4,000万円1,000万円継続取引
C社3,000万円300万円特注・短納期多数
D社2,000万円700万円高付加価値商品中心

売上だけを見ればC社は重要顧客に見えますが、粗利益率は10%です。さらに営業担当者の訪問、特注対応、緊急配送、問い合わせ、請求処理などに大量の時間を使っているなら、実質的にはほとんど利益が残っていない可能性があります。

ここで使えるのがCost to Serveという考え方です。製品原価だけではなく、その顧客へ商品・サービスを提供し続けるために発生している営業、物流、事務、サポートなどのコストまで把握します。

「大口顧客だから切れない」という判断も、数字を見てから行うべきです。大口顧客であっても会社の人的資源を大量に消費し、適正な利益を残していないなら、価格または取引条件の見直しが必要になります。

不採算取引を見つけた場合、経営者が取れる基本的な選択肢は四つです。

選択実行内容
値上げ必要な利益率まで単価を改定
条件変更最低注文量・納期・配送・仕様等を変更
標準化特注・例外処理を減らす
撤退改善不能なら取引・商品を整理

この判断は「顧客を大切にしない」という話ではありません。適正な利益が確保できず、社員へ十分な給与を払えない取引を長期間続けることが、本当に持続可能な顧客関係なのかを考える必要があります。

経営者がもう一つ確認したいのが「無料サービス」です。営業担当者が善意で行っている追加作業、何度でも無料の修正、無料配送、無料相談、短納期対応などが積み重なると、会社が提供している価値と受け取っている価格が乖離します。

これはValue Leakage、価値の漏出と考えることができます。顧客には価値を提供しているのに、その対価を会社が回収できていない状態です。

給料を上げられない会社では、このValue Leakageがあちこちに存在することがあります。社員は忙しく働いているため、一見すると会社は活気がありますが、付加価値が会社内部に残りません。

そこで経営者は「もっと仕事を取ろう」と考える前に、社員の時間がどこへ消えているのかを調べます。会議、報告書、移動、再入力、手戻り、過剰品質、過剰サービス、特注、クレームなどを時間で計測すると、利益を生まない活動が見えてきます。

仮に社員20人が毎月5時間、誰もほとんど読んでいない資料作成に時間を使っているなら、年間1,200時間になります。この時間を粗利益を生む仕事へ移せれば、新規採用をしなくても会社の付加価値を増やせる可能性があります。

賃上げ原資を作るときに、経営者が最初に削るべきなのは給与ではありません。社員が価値を生まないことに使っている時間と、会社の利益を流出させている取引です。

売上100億円でも給料を上げられない会社はあり、売上10億円でも高い給料を払える会社があります。その差を作るのは会社の規模だけではなく、売上からどれだけ付加価値を残せる事業構造を持っているかです。

経営者がここでやるべきことは明確です。全商品・全顧客を同じように守るのではなく、儲かっている仕事を増やし、儲からない仕事を改善し、改善できない仕事から経営資源を移します。

その結果として生まれた時間と利益を、高付加価値の商品、優良顧客、新規事業へ再配分することが、給与を上げられる会社への第一の構造改革になります。

不採算仕事を整理した後に取り組むべき大きなテーマが価格です。原材料、物流、電気、人件費などが上昇しているにもかかわらず販売価格を据え置けば、その上昇分は会社の利益が吸収することになります。

利益率が低い会社ほど、売上数量を増やすより価格を適正化した方が賃上げ原資を作りやすい場合があります。価格は売上高だけではなく、粗利益と付加価値へ直接影響する重要な経営変数だからです。

たとえば年間売上3億円の会社が平均実現価格を1%改善できれば、数量等が同じという単純な前提では売上効果は約300万円です。2%なら約600万円、3%なら約900万円になるため、数%の価格差でも賃上げ原資に与える影響は小さくありません。

もちろん、実際には値上げによる販売数量の減少や商品構成の変化があります。そのため一律値上げではなく、商品別・顧客別に価格弾力性、競合価格、提供価値、原価、取引条件を分析して価格を決めます。

経営者が確認すべき項目を整理すると、次のようになります。

状況検討すること
原材料費上昇原価上昇分の価格転嫁
労務費上昇労務費転嫁
小口注文最低注文金額・小口手数料
特急対応特急料金
特注仕様特注料金
長距離配送配送料見直し
長期価格据え置き契約価格再交渉
高い専門性Value-Based Pricing

BtoB企業にとって特に重要なのが、労務費の価格転嫁です。公正取引委員会と内閣官房の現行指針は、持続的な構造的賃上げの実現には中小企業が原資を確保できる取引環境が重要であると位置づけています。

同指針は2026年1月1日付けで改正され、発注者には経営トップの関与、協議の場の設定、労務費上昇を理由とした価格引上げ要請があった場合に協議のテーブルにつくことなどが求められています。受注者側にも、公表資料を活用し、自ら希望価格を提示することなどが示されています。

つまり、「取引先が価格を上げてくれるまで待つ」という姿勢だけでは十分ではありません。自社の人件費がどれだけ上昇し、それを商品・サービス価格へどの程度反映する必要があるのかを計算し、根拠を持って交渉することが経営者に求められます。

ただし、価格転嫁だけでは限界があります。コストが上がるたびに価格を上げるだけでは、競争力そのものは強くならないためです。

そこで必要になるのが高付加価値化です。

顧客が自社を選ぶ理由を「安いから」から、「技術が高い」「失敗が少ない」「納期が早い」「専門性がある」「保証が厚い」「実績がある」「対応が良い」などへ変えていきます。

ここで企業ブランディングも経営に直結します。企業ブランディングをロゴやデザインの話だけで捉えるのではなく、自社の価値を顧客が理解できる形へ変え、価格以外の選択理由をつくる経営活動として捉えます。

技術力が高くても顧客が知らなければ、価格には反映されません。品質が高くても営業担当者が説明できなければ、比較表の中では「少し高い会社」に見えてしまいます。

そこで実績、専門性、品質、技術、保証、社員教育、顧客事例などを言語化し、Webサイト、営業資料、提案書、広報、SNSなどへ一貫して反映させます。企業が持っている価値を顧客が認識できる価値へ変える作業です。

専門的にはValue CreationとValue Captureを分けて考えると理解しやすくなります。Value Creationは顧客へ価値を生み出す能力であり、Value Captureは生み出した価値の一部を自社の売上・利益として回収する能力です。

良い商品を安く提供し続ける会社はValue Creationには成功していても、Value Captureに失敗している可能性があります。その状態では顧客は得をしますが、会社には十分な利益が残らず、社員の給与も上げにくくなります。

給料を上げたいのであれば、経営者は「社員がもっと価値を作ること」だけを要求してはいけません。社員がすでに作っている価値を、会社が適正価格として回収できているかを確認する必要があります。

高い給与を払える会社になるには、高い価格を付ければよいのではありません。高い価格でも顧客が納得できる価値を作り、その価値を説明し、適正な対価を受け取れる会社にすることが必要です。

価格を見直したら、次に経営者が取り組むのが生産性です。ただし、生産性向上を「社員に今まで以上に頑張ってもらうこと」と理解すると、賃上げ経営は失敗します。

本来の労働生産性は、付加価値を労働投入量で割って考えます。つまり重要なのは、社員が何時間会社にいたかではなく、その時間からどれだけの価値が生まれたかです。

経営者が追いたい指標の一つが「時間当たり付加価値」です。残業によって売上を増やす会社と、同じ売上・利益を短時間で生み出す会社を区別できるためです。

仮に社員20人が毎日1時間、定型的な入力・転記・資料作成をしているとします。年間240営業日なら、会社全体で年間4,800時間を消費しています。

AI、RPA、クラウドシステムなどによってその80%を削減できれば、3,840時間が解放されます。ここで重要なのは、「3,840時間削減できたから人を減らそう」と考えることではありません。

その3,840時間を営業、商品開発、既存顧客フォロー、品質改善、教育、新規事業などへ移します。そこで新たな粗利益・付加価値を生み出せれば、省力化が賃上げ原資へ変わります。

経営者は社内業務を、次の三種類に分類すると判断しやすくなります。

業務基本方針
顧客が対価を払う価値創出業務増やす
必要だが定型的な業務自動化・標準化
価値をほとんど生まない業務廃止する

たとえば請求書の転記、定型メール、議事録の下書き、社内資料の一次作成、データ集計などは、自動化できる可能性があります。一方、顧客との重要交渉、商品企画、高度な判断、人材育成などは人間の時間を投入する価値があります。

ここで重要なのが、AI導入件数をKPIにしないことです。「生成AIを10部署に導入した」という数字だけでは、給料は1円も上がりません。

見るべきなのは、導入前後で総労働時間がどう変わり、空いた時間を何へ移し、粗利益または付加価値がいくら増えたかです。投資効果を時間削減だけで終わらせず、価値増加まで追跡します。

設備投資も同じです。古い設備を使い続け、社員に手作業を要求しながら「人件費が高い」と言うのであれば、問題は社員ではなく設備投資不足にあるかもしれません。

社員一人当たりに装備される設備、ソフトウェア、AIなどの資本を厚くすることを、経済学では資本深化の観点から捉えることができます。同じ能力の人でも、優れた設備を使える方が高い生産性を実現しやすくなります。

経営者が本当に給料を上げたいなら、「人を安く使う」発想から「一人から高い価値を生み出せる環境を作る」発想へ変える必要があります。

社員を一人採用する前に、「今いる社員の年間500時間をシステムで取り戻せないか」を考えることも重要です。500時間を高付加価値業務へ移せるなら、採用しなくても事業能力を増やせる場合があります。

さらに、社員教育も生産性投資として扱います。営業研修、技術教育、AI教育、マネジメント教育などによって社員がより高い価値を生み出せるなら、研修費は単なる福利厚生費ではありません。

賃上げと教育を別々に考えないことが重要です。給料を上げながら社員の能力も上げ、能力向上によって付加価値が増え、その増加分からさらに給与を上げる循環をつくります。

経営者が社員へ「給料を上げるためにもっと働いてほしい」と言う必要はありません。経営者がやるべきなのは、社員が価値を生み出せない仕事を会社から減らし、価値を生み出す仕事へ時間を移すことです。

それが生産性向上であり、持続的賃上げにつながる経営改善です。

値上げ、不採算取引改善、生産性向上、高付加価値化によって原資を作ったら、そこで終わってはいけません。増えた付加価値を実際に社員へ還元する仕組みがなければ、会社が儲かっても給与が上がらないからです。

ここで最も重要なのは、恒常的な利益と一時的な利益を分けることです。基本給は継続的に発生する固定費ですから、可能な限り継続的に生まれる付加価値を原資にします。

考え方を整理すると次のようになります。

増えた原資適した還元方法
恒常的な価格改定効果基本給・ベースアップ
恒常的な生産性改善基本給・昇給
高付加価値事業への転換基本給・昇給
単年度の大型受注賞与
一時的な特別利益一時金
計画を上回った利益業績連動賞与等

たとえば大型案件によって今年だけ3,000万円多く利益が出たとしても、その3,000万円をすべて翌年以降の基本給へ組み込むのは慎重に判断すべきです。大型案件が翌年なくなっても、基本給は支払い続ける必要があるからです。

一方、価格改定や業務改善によって毎年1,500万円程度の追加付加価値を継続的に生み出せるようになったのであれば、その一部を恒久的な基本給へ移す合理性があります。

ここで経営者が決めるべきなのがPay Philosophy、報酬哲学です。難しく聞こえますが、「会社が何に対して高い給与を払うのか」を明文化するだけでも大きく変わります。

たとえば「市場水準を下回らない給与を基本とし、高度専門職には市場上位水準を支払う」「会社の付加価値成長の一部を社員へ還元する」といった基本方針を決めます。

次に、誰の給与をどの程度上げるのかを考えます。一律ベースアップが必要な局面もありますが、すべてを一律にすると重要人材の市場価格との差が埋まらないことがあります。

そこで、少なくとも「市場賃金」「職務価値」「本人の貢献」の三つを確認します。

市場賃金とは、同じ地域・業界・職種でどの程度の給与が支払われているかです。職務価値とは、その仕事が会社に与える責任、難易度、専門性、意思決定範囲などを意味します。

本人の貢献についても、単純な売上だけで判断しない方がよいでしょう。営業なら粗利益、顧客継続、値引率など、製造なら品質、歩留まり、生産性など、管理職なら部門利益、人材育成、生産性など、仕事ごとに価値の作り方が異なります。

また、新卒や若手だけの給与を大幅に上げる場合にはPay Compression、いわゆる賃金圧縮に注意します。初任給を引き上げた結果、中堅社員との差が極端に小さくなる現象です。

新人が月27万円で、8年間勤務した中堅社員が29万円なら、中堅社員から見れば8年間の経験や能力に対する評価が月2万円しかないように映る可能性があります。

若手の採用競争力を高めることは必要ですが、その際には中堅、主任、管理職まで含めた給与レンジ全体を確認します。部分的な賃上げが別の層の離職を誘発しては意味がありません。

さらに「何をすれば給与が上がるのか」を社員へ説明できるようにします。社長の感覚だけで給与が決まる会社では、社員は能力向上と給与を結びつけられません。

役割が上がればこの給与帯、専門性がこの水準ならこの給与帯、一定の成果を出せばこの評価になるという道筋を示します。制度を複雑にする必要はありませんが、社員が自分の将来給与をある程度予測できる状態を作ります。

給与制度は単なる人件費管理ではありません。会社がどの能力、仕事、行動を価値あるものとして評価するのかを、金銭によって示す経営制度です。

利益を増やした社員、顧客を守った社員、技術を高めた社員、部下を育てた管理職、無駄を削減した社員が正当に評価される制度を作れば、給与制度そのものが会社の生産性を高める方向へ働きます。

給料を上げることと会社を強くすることを、ここでつなげる必要があります。

ここまでの内容を、明日から実行できる順番に落とし込みます。経営者が給料を上げたいのであれば、最初から大規模な制度改革をする必要はなく、数字を出し、原資を作り、還元するという順序を崩さないことが重要です。

実行手順は次の7つです。

STEP経営者がやること出すべき答え
1目標昇給額を決める月いくら上げたいか
2年間総人件費増加額を計算年間いくら必要か
3商品・顧客・事業別利益を分析何が儲かっていないか
4値上げ・条件変更・撤退いくら利益を改善するか
5AI・DX・設備投資何時間を価値創出へ移せるか
6付加価値増加額を確認原資が本当に増えたか
7基本給・賞与へ還元誰にいくら戻すか

たとえば社員30人の会社で、平均月2万円のベースアップを目標にしたとします。基本給だけなら年間720万円です。

企業負担分などを含めた総人件費への影響を仮に850万円と試算した場合、経営者は850万円を最低ラインとして、それを上回る恒常的な付加価値改善計画を作ります。

たとえば次のような計画です。

改善策年間改善目標
価格改定+350万円
不採算取引改善+250万円
高粗利商品の販売強化+250万円
AI・DXによる生産性改善+200万円
手戻り・残業削減+150万円
合計+1,200万円

この会社なら、年間850万円の追加人件費に対して1,200万円の改善を目標にしています。計画どおりなら差額350万円が残りますが、それだけで直ちに安全と判断するのではなく、既存利益、現預金、借入返済、投資計画なども確認します。

ここで重要なのは、「賃上げ850万円」と「改善1,200万円」を別々の計画にしないことです。同じ経営計画書の中で管理し、賃上げの原資がどこから生まれるのかを明確にします。

さらに、価格改定350万円が本当に実現したのか、不採算改善250万円が粗利益へ反映されたのか、DXによって空いた時間が本当に高付加価値業務へ移ったのかを月次または四半期で検証します。

経営者が毎月確認する数字も増やしすぎる必要はありません。最低限、「一人当たり付加価値」「時間当たり付加価値」「粗利益率」「労働分配率」「営業キャッシュフロー」の推移を確認します。

給与を上げた後も一人当たり付加価値が増え、粗利益が確保され、キャッシュが残っているなら、その賃上げは企業成長と両立しています。

反対に人件費だけが増え、一人当たり付加価値が下がり、営業キャッシュフローが急速に悪化しているなら、社員の給与を再び問題視する前に、価格・商品・業務・投資の改革が計画どおり進んでいるかを検証します。

経営者が避けたいのは、社員へ「会社に余裕がないから給料を上げられない」と言い続けながら、何年も同じ価格、同じ商品、同じ顧客、同じ業務システムを維持することです。

給料を上げるために変えなければならないのは、社員の努力量だけではありません。むしろ経営者が先に、会社の稼ぎ方を変える必要があります。

安すぎる仕事は適正価格へ変え、不採算仕事は条件を変え、それでも改善できなければ整理します。人間がやらなくてよい作業はAIやシステムへ移し、社員の時間を顧客価値を生み出す仕事へ戻します。

高い技術やサービスを持っているのに市場へ伝わっていないのであれば、営業・マーケティング・企業ブランディングを見直し、価格以外で選ばれる理由を作ります。優秀な社員が市場給与より低いのであれば、給与レンジそのものを見直します。

こうして会社が生み出す付加価値を増やし、その増加が恒常的であることを確認したうえで、基本給へ戻します。一時的な利益については賞与などで還元し、固定費と変動利益を無理に一致させないことも重要です。

これを繰り返すと、会社の中に一つの循環ができます。

高い価値を作り、適正価格で売り、利益を生み、その利益を設備・AI・教育へ投資し、一人当たり生産性を上げ、その成果の一部を給与へ戻すという循環です。

給与が上がれば、採用市場での競争力も変わります。優秀な人材を採用・定着させやすくなり、その人材がさらに会社の付加価値を高めれば、次の賃上げ原資を作ることができます。

つまり目指すべきなのは、「利益が出た年だけ社員へ還元する会社」ではありません。

「高付加価値 → 高収益 → 投資 → 高生産性 → 高賃金 → 優秀人材 → さらなる高付加価値」という循環を持つ会社です。

公正取引委員会も、持続的・構造的な賃上げには、中小企業がその原資を確保できる取引環境の整備が重要だとしています。特に労務費については、原材料費やエネルギーコストと同じく、適切に取引価格へ反映させるべきコストとして位置づけられています。

2026年1月には取適法も施行され、価格転嫁・取引適正化を取り巻く環境も変わっています。だからこそ中小企業経営者は、賃上げを「自社だけで利益を削って対応する問題」と考えるのではなく、取引価格、事業構造、生産性まで含めて考える必要があります。

結局、給料を上げるにはどうすればいいのか。

経営者がやるべきことは、社員へ「もっと頑張れ」と言うことではありません。社員一人が今より高い価値を生み出せるように、会社の価格、商品、顧客、設備、仕事の流れを変えることです。

そして、その改革によって本当に増えた付加価値を、利益として会社だけに残すのではなく、一定部分を社員の基本給や賞与へ戻します。会社が成長した結果が社員の給与へつながる仕組みを作ることが重要です。

社員30人の給料を平均月2万円上げたいのであれば、最初に「年間いくら必要か」を計算してください。その金額を出したら、それ以上の付加価値をどの事業改善から作るのかを決めます。

価格を直すのか、不採算取引を直すのか、AIで時間を取り戻すのか、高付加価値商品へ移るのか、おそらく一つではなく複数の施策を組み合わせることになります。

その改善が実現し、翌年以降も続く利益であることを確認したら、基本給へ移します。一時的な利益なら賞与として還元し、会社の財務安全性も同時に守ります。

これが、経営者が実行できる「給料を上げる方法」です。

社員の給料を上げることと、会社の利益を守ることは、本来対立するものではありません。一人当たり付加価値を高められる会社であれば、利益を確保しながら給与を上げることができます。

そして経営者が最終的に目指すべきなのは、今年一度だけ給料を上げることではありません。

社員の給料を上げても会社が強くなり、会社が強くなるほど、さらに社員の給料を上げられる経営構造をつくることです。

それが、持続的な賃上げの答えです。

参考文献

  1. 中小企業庁「中小企業白書」
    中小企業の付加価値、生産性、設備投資、賃金、経営環境を分析する基礎資料です。
  2. 公正取引委員会「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」
    労務費上昇を適切に価格へ反映するための発注者・受注者双方の行動指針です。
  3. 公正取引委員会「労務費転嫁指針の改正について」
    2026年1月1日付け改正の内容と、取適法施行に伴う変更を確認できます。
  4. 公正取引委員会「労務費転嫁指針に係る取組」
    持続的・構造的賃上げと価格転嫁の関係を確認するための公式資料です。
  5. 公正取引委員会「取引適正化に向けた取組」
    2026年1月施行の取適法や価格転嫁など、取引適正化に関する総合情報です。
  6. 厚生労働省「賃金・賃金引上げ・労働生産性向上」
    賃上げ、生産性向上、企業向け支援制度を確認するための公式情報です。
  7. 厚生労働省「業務改善助成金」
    生産性向上に資する設備投資等と賃金引上げを組み合わせる際に確認したい制度です。
  8. 財務省「法人企業統計調査」
    法人企業の売上、利益、人件費、設備投資などを確認する代表的な企業統計です。
  9. 国税庁「民間給与実態統計調査」
    日本の民間企業における給与水準や給与所得者の状況を把握するための基礎統計です。
  10. 厚生労働省「毎月勤労統計調査」
    現金給与額、労働時間、雇用など、賃金動向を継続的に確認するための基幹統計です。

CBS│企業ブランディング支援™

給料を上げられる会社へ。
そのために、企業の価値そのものを高める。

社員の給料を上げたい。優秀な人材を採用したい。
そのためには、人件費だけを見るのではなく、 企業が生み出す「付加価値」を高めることが重要です。

良い商品がある。技術力もある。社員も頑張っている。
それでも、その価値が市場へ十分に伝わっていなければ、 本来持っている企業価値を価格や利益へつなげることはできません。

CBS│企業ブランディング支援™は、 企業の強み・専門性・実績・信頼を整理し、 「なぜ、この会社が選ばれるのか」を伝わる形へ整えます。
企業価値を見つける 言葉にする 伝える 選ばれる 企業価値を高める

「価格だけで比較される会社」から、 「この会社だからお願いしたい」と選ばれる会社へ。
企業が本来持っている価値を、 事業の力へ変えていきませんか。

企業ブランディング・企業紹介・SEOコンテンツ・ Web上での企業価値発信などについてご相談いただけます。

― BUILDING VALUE. CREATING BRANDS. ―

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